アイリスト、ネイリスト——人を美しく、幸せにする職業は生まれ続けてきた。
その隣に、「目の疲れ」に寄り添う新しい職業を、日本からつくる。
スマホ、パソコン、AI。私たちは1日中、目を使って生きている。ある調査では、日本人の約7割が目の疲れを実感しているという。肩や腰をほぐす場所は街にあふれているのに、「目」をいたわる場所は、ほとんどない。
疲れているのに、休ませ方を誰も教えてくれない。——ここに、まだ誰も本気で応えていない場所がある。
人が、人を思う。
その手のぬくもりで、目の疲れと、その先にある心を、ほどいていく。
機械ではなく、人の手で。効率ではなく、思いやりで。「よく頑張っているあなたの目を、少し休ませてあげたい」——そう思える人を、ひとりでも多く育て、送り出す。
「あなたに、会いに行きたい」。
そう思ってもらえる人を、日本から、世界へ増やす。
安売りでも、便利さでもない。「この人に、目と心をあずけたい」——わざわざ足を運んででも会いたくなる。そんな“ご縁”で結ばれた仕事を、新しい職業として根づかせる。
いつか「眼福師」という言葉が、アイリストやネイリストと同じように、当たり前に街にある。そんな未来を、最初の一歩からつくっていく。
ありがとう、から始める
売上ではなく、目の前の一人の「ありがとう」を先に。利益は、その積み重ねの先に自然とついてくる。
人にしかできないことを、人が
予約も、集客も、学びの仕組みもAIに任せる。人は、手のぬくもりと、対話に集中する。
誰にでも、開かれた学び
教材を音声で。学びをAIで支える。目が不自由でも、家庭があっても——学び、働ける場所にする。
正直であること
できること・できないことを、はっきり伝える。医療ではなく、癒やしとして、安全に、誠実に。
手に職を、誇りに
一生ものの技術を手にする喜び。「これが私の仕事です」と胸を張れる職業をつくる。
新しい職業には、覚えやすく、意味が伝わり、誇りを持てる名前がいる。だから、たくさんの角度から言葉を並べた。
職能を、そのまま名づける
「アイケアリスト」「アイセラピスト」——分かりやすいが、既存の資格や呼称と重なり、埋もれやすい。
動きを、名づける
「アイリセッター(目を再起動する人)」——世界観は立つが、片仮名が続き、日本発の温かみが薄れる。
効能を、名づける
「疲れ目ケア士」——実用的だが、疲れ・不調という“マイナスを消す”響きに寄ってしまう。
生まれる幸せを、名づける — 眼福師
「眼福」とは本来、素晴らしいものを見て、目が幸せになること。マイナスを消すのではなく、プラスの幸せを生み出す職業だと言い切れる。目の「眼福」と、心の「福」。日本語だからこその奥行きがあり、一度で覚えられ、名乗って誇らしい。
A・B・Cを通り抜けて、私たちが選んだのは D。——眼福師。目に、そして人に、福を届ける人。
この職業は、特別な人のためのものではない。手に職を探している人。今の仕事に、新しい技術を一つ加えたい人。人を癒やす、これからの仕事に心が動く人。——そんな人たちに、確かな学びと、働く場所を届ける。
そして、その学びと働き方そのものを、目が不自由な人にも開いていく。当事者だからこそ設計できる、やさしい学校を目指して。
癒やしの技術は、長年その道を究めてきた専門家が。学びと集客の仕組みは、AIを本業とする私たち Gaku が。二人+AIで、一つの学校を、無理なく、確かに立ち上げる。
AIは、この職業を「量産」するためではなく、一人ひとりが、その人らしく学び、働けるように支えるために使う。教材を声にし、予約を整え、学びを伴走する。人の手のぬくもりを、テクノロジーが後ろから支える——それが私たちの形だ。
いきなり大きな箱を構えるのではなく、まずは小さく、確かめながら。心を込めた施術を一件ずつ、学びたい人を一人ずつ。本物の「ありがとう」が生まれるかを、この目で確かめることから始める。
その一歩の先に、新しい職業と、新しい市場が広がっている。日本から、世界へ。人が人を思う、その幸せを届けるために。
誰かの疲れた目を、そっと休ませる。
その小さな幸せを、ひとりでも多くの人へ。
— この構想を、これから一緒に育てていくために。